2005年03月のひとりごと


Columntakabayashi


私のつぶやき 雑記 17.3.28


● 楽しい旅で、考えさせられる ●

先週、鹿児島に出かけた。妻の叔父が去年亡くなったが葬式に行けず、今年、丁度1年目に墓参りをしてきた。鹿児島に2泊、ついでにと屋久島に1泊と足を伸ばした。
昔から鹿児島は好きであるが、旅として今度も十分我々の期待に応えてくれたし、屋久島では妻の又従兄弟夫妻の心のこもった歓迎でとても深く、意外性のあるすばらしい旅になった。

墓参りと親戚との楽しいひとときの後、鹿児島の街をぶらぶらし17年振りに「磯庭園」にも行ってみた。もちろん、鹿児島の街は以前よりビルが建ち相当様相が変わっていたが、それなりにゆっくりできる街である。鹿児島の心のルーツは。城山、桜島、錦江湾、磯庭園ではないかと思っているが、私は「磯庭園」が一番好きである。あのおおらかな磯庭園に立ち、錦江湾の向こうに桜島を見るわけである。ところが「磯庭園」の入り口から平屋とはいえ鉄筋コンクリート造の大きなおみやげ店の前を2軒も過ぎないと磯庭園内に入れないのである。デザインされているとはいえボリュームの大きな建物を見た後に、木造平屋建てのおおらかな建物とおおらかな庭を見ても昔のように感動もしない。確かに錦江湾の向こうには桜島が、デンと対座しているものの17年前に比べれば感動はなきに等しい。金太郎飴的な観光開発をしてしまい、人がそこから感じる、いわゆる感情のスケール感をなくした観光開発だと思う。残念である。わざわざお金を掛けて「磯庭園」の良さを消す開発をするのはいただけない。

急ぎの旅であったが、初めての屋久島は感動した。それよりも又従兄弟の気持ちが我々をとてもすばらしい気分にさせてくれた。こんな旅は、そう経験できないだろう。

以前から一度は訪れたいと思っていた屋久島、頭の中にはこけむした樹林、雨に煙る大木の杉の森の優しく幻想的なイメージでいっぱいであったが、数時間の屋久杉樹林のハイキングでイメージが変わってしまった。岩、岩、岩、大きな岩、とにかく岩が多い。全山、岩で出来ているのではないかとも思うぐらい岩が多い。樹林に遮られちょっと見には分からないが、歩くと地面は普通の山よりも岩が、石が多い。普通のふかふかした山道ではなく、ごつごつした石道のようである。その石や岩の地面の残り少ない空間から杉が芽を出し岩のカーブをなぞりながら岩の真ん中当たりに立ち、そこから杉が空に向かって伸びているのである。岩の上の土台のような部分の幹は、風雨に耐えられるように大きく、力こぶ、、、力こぶがたくさんある何とも力強い幹があり、その幹の下部分から三方、四方に安定感を保つために大きな丈夫そうな根を地上に向けて張っている。見た感じ、何とも強烈な大杉の姿である。その力こぶの強烈なイメージの幹から上部は普通の杉だが、枝は葉の必要が余り無いのか、太い腕が八方四方に出ているが小枝がない。したがって、相対的に強烈な力強いイメージが強い。全ての杉がその姿ではないが大きな杉はそのような姿が多い。おそらく、建材として価値がないそのような姿の杉だけが切り残され大きくなっていったのであろう。

屋久杉の樹林は、岩と力こぶのある大杉、岩を砕くかのような鋭い水の流れの滝、私には幻想的というよりも生命力あふれる力強い印象が強い。

次の日、ウミガメが産卵することで有名な浜では、近所の人の昔の浜辺の様子の語りで頭の中では、今でもきれいと思う浜が、もっともっと美しい浜辺に変容する。その後、突然と嵐のようなすごい雨。傘など何の役にもたたないすごい雨である。帰りの飛行機が欠航するのではないかと心配したが、無事、その時間帯には雨も止み虹の歓迎を受けた。飛行機の待ち時間に、又従兄弟がよく行くらしい看板もない道路から相当入った山の麓にある喫茶店に連れて行ってくれた。

そこで・・・・・・・

喫茶店主?の老人?が店の裏の屋久島らしい明るい大きな野原のところで屋久鹿にミルクを与えていたのである。親鹿が犬に殺され、子鹿を育て山に返したが時々遊びに来るとの事であった。私は子鹿に気に入られたらしく近づくと犬のようにすり寄り私のズボンをなめる。野生の鹿にしてはいけない事かなと思いながらも、かわいさ余りに犬にするように2本の角がほんの少し出てきている頭をなでてやる。ゴワゴワした毛の感触である。いやー、感激である。お互い遊びあきれば、我々は店に入りお茶を飲み、子鹿は山に帰っていく。その間、店の中では喫茶店主?の老人?が静かに我々を見守ってる。
感激したのは子鹿にさわれたことではない。子鹿との出会いは、お互いにとって自然な形で出会い、お互いを自然に受け入れた感覚、そして、又従兄弟家族含め人間として自然な形で交じあえた心地よい感覚に感激したのである。

話は変わるが、私はギリシャのストア学派に興味がある。同じ時代のエピクロス学派のエピクロスの文章に、一番大事なものとして「友」「友情」をあげている。自分そのものを、そのまま受け入れてくれる家族や真の友は、とても心やすく、心強い存在である。私にとっても大事にしたいものです。そんなことを強く思い起こさせる良い旅でした。

そして・・・伯母が孫のことをイメージしてか何でも流れ着く屋久島と言ったことを思い出し、私も流れ着いてみたいと頭の片隅に思いながら・・・・一路、都会へと


昨日は、歩道に中年の人が倒れているそばを、車が右に左に車道を走っている場面に出くわした。1,2秒で止まるかどうか判断しないと止まれないであろう車、車、。考える時間のある歩いていた私と若い夫妻で救急車を呼び無事にすんだが。その事件で、本当は人間の分類学のような本であるが、リースマンの「孤独な群衆」、どうも私はこの題名から群衆の中で暮らす孤独感のイメージをもってしまう。この本の題名と、民俗学者の柳田国男(明治8年生まれ)の十数年前に読んだ随筆で、私が生まれた昭和23年に書いた随筆で、世の中スピードが速すぎる、良くないことだという内容の随筆を苦笑しながら読んだことを思い出した。どんどんスピードが速くなってきている。春夏秋冬それさえも早い移り変わりなのに考える暇もない現在である。


下の写真は子鹿との出会いで、子鹿と仲良くなれた子供が、山羊とは理解し得なかった写真である。私はこんな風景が大好きである。



[2005.03.27]


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