■2004年01月のひとりごと
私のつぶやき 建築編2004
● 建築コンサルタントについて思うこと ●
最近、今までの経験を生かしコンサルタント業務を積極的にしていきたいと強く思うようになった。それにより私自身のメリット以外に、それなりの業者が建築主と良い関係で結ばれていくのではないかと思っている。
コンサルタントというと、評論家と同じようにそれなりの人もいるが、変な人もいそうなイメージもある。その人が何か物を作るわけではないので、依頼する前と仕事の終わった後では、その人の成果品として表面的には建物や、図面、品物のような物は何も残っていない。故に、今までの価値観から言うと、その報酬対価は何とも判断できない。そう、判断する確実な物差しがない。
最近、自分は性格的にも、思考方法、考え方からいってもコンサルタント向きかなと思っている。この年になって思うのは余りに鈍いというか、遅い感じはするが。3,4年前頃、ある人の紹介がきっかけで、2件続けてコンサルタント業務を請け負うことになった。初めは、自分で設計するのではないので特に、仕事の範囲を確定することと、報酬額について少し悩んだ。1件は、自宅+賃貸住宅、1件は外人賃貸戸建住宅で、どちらも木造とは言え大型の物件であった。建築主の方は、お二人ともアメリカ、ヨーロッパでの海外生活経験者であるため、コンサルタントに対する一般的な躊躇?はなかったと思われる。2件とも、最終的には建築主、工事会社等含め皆様と楽しく終わったし、建築主からも評価された。
特に、住宅はワイワイガヤガヤ楽しく建てるべきと思っている。
この物件から、コンサルタントの大変なところもわかったし、おもしろみも理解した。仕事としてやってみたいと思う反面、それなりの報酬を理解してもらえる自信はない。上記の2件の建築主は、海外生活の経験からコンサルタントに対する報酬には違和感がなかったと思われる。
ここで話の方向を変えたい・・・・
最近、住宅や医院、小規模の病院などは建築コンサルタントが必要になっているように感じている。私が子供の頃、そう、40年前、半世紀近く すごいね! 住宅は同じ町内に住むいつも頼む大工さんが請け負った。私なんかは、小学高学年頃、自分の家の瓦を一部取り替えるのに親からではなく、大工さんから瓦を屋根に上げるのを手伝えと言われ、こわごわ手伝った記憶がある。今は少なくとも都会では、住宅と言えども、昔、大工さんが請け負った仕事を、住宅メーカー、建設会社、工務店、大工職人、内装業者、インテリア会社、設計事務所(一級、二級)等の数多くの中から選ばなくてはならない。又、家と家が接近しトラブルも多いし、使う材料も星の数ほどある。外観、室内イメージも昔のワンパターンとはほど遠くアメリカ風から純和風、木造からコンクリート、建築基準法も厳しくなり、急速に進む家庭内情報機器、その上、道具、技術、部品部材が相当高水準になり、おおかたの建築主の希望には予算は別にして応じられる。果ては、私のように化学物質過敏症になり、シックハウス問題まである。
又、腕は別にして同じ町内の信頼できる大工さんに頼むのではない。4年前に経験した大手住宅メーカーがした、建築主が相当悩んだ夜がけ朝駆けの営業攻勢、5年前に経験したひどい建設会社の実態、又、木造の仕組みを知らないで木造構造図を書く一級建築士の図面に驚き、建築業界にどっぷりつかっている私でさえ、エッ、そんなことあるのということがある。
建築主にとって選択肢はたくさんあるが、閉鎖的な建築業界は外からはなかなかわかりにくい。評論家星野氏のインターネットの情報の渦の中にはいり方向性を見失うという言い分ではないが、このような時代、新築、リフォームに関係なく、再開発、ビル、大病院等だけではなく、住宅では、建築主の希望や、予算、考え方、生活習慣、家族構成等を、医院では医師の診療方針、考え方、世の中の医療事情、予算、これからの医院の姿等々を建築主や医師に代わりトータル的に考慮して業者選定含め純粋にコンサルタントしていく仕事も必要に思う。問題は資質あるコンサルタントを探す必要がある。これが難しい。それと報酬額への理解?が難しい。情報をほとんど全てコンサルタントが掴んでいる以上、悪いコンサルタントに当たれば自由にコントロールされて大変である。建築主にとって、コンサルタントに全面的に委ねるのではなく、常に情報を提供してもらい一緒に判断することが重要と思う。
おそらく、そう遠くない将来には建築コンサルタントの仕事は普通に確立されていると言う気がする。
次回コラムは、建築以外のことを書きます?。
[2004.01.28]
私のつぶやき 雑言集
● 設計をしていて ●
今日の新聞に菓子職人の話がでていた。その中で個別に注文を受けた時、お菓子のデザインを考えるときには、そのお客さんの喜ぶ顔を思い浮かべて考えると言うことが書いてあった。
程度の差はあると思うが、私自身、数年前から、そのような事を考えるようになった。例えば、ある住宅を設計するとき、どんな家だったらこの子供達が生き生きしながら走り回り、それを親が笑顔でみている姿が頭に浮かぶか考えることがある。もちろん、家族により違うので、間取りや、設備的な希望を聞くのが主ではなく、家族全員と雑談をなるべくしてその家族の持っている感覚?を体感して、こんな家族であれば「こうかな〜?」と思い設計することも多い。体感ミスも生じるとは思うが。
若い頃は、形を強く意識した。最近は建築主に対して。うまく言えないが、より自然体?になった。場合によっては、何回か打ち合わせをしていると、この建築主にとって将来を考えると建てない方が良いのではないかと思うこともある。又、考え方を変えて建築計画を練り直した方が良いのではないかと思うこともある。独立して10年以上もたつと、建築主に疑問を待たれないように素早く設計契約に持ち込む手法も出来なくはないが、私にはそのようにはどうもできない。今、建てることもないのではないかと思っている物件は、自然と話し方が消極的になる。そのあげく不調(中止)になると、「ああ、お金がはいらない」と思う反面、何かホッとする。個人営業の私の場合はそれで良いと思っている。
逆に、相当無理な計画でも、その建築主にとって、それにより頑張る気力がでる等が感じられる場合は、大いに協力したいとの思いが強くなる。
資本主義社会の中で、建築設計という仕事を請け負うという純粋な意味では、そのような仕事の仕方は失格かもしれない。しかし、人のそれぞれの「意気」に感じる心をなくしたくないのが願いである。人には、それぞれ考え方や生き方がある。人から強制されることもないし、人に責任を押しつけることもない。どんな人生が一番良いとも言えないような気がする。そんな考え方は、昔と変わらないような気がしている。下記の詩は、30歳の頃、人間は十人十色で、一つの事をやるにも、考え方、方法、結果さえも微妙に違ってくるという意味で印象に残った詩である。
武者小路実篤の詩
一人の美しい女が居た。
三人の男がその女を恋した。
一人の男がその夫になった。
一人の男は堕落した。
あとの一人は詩人になった。
その人の名をダンテと云った。
今日は、風邪の治りかけで、少ししんみりしたコラムになりました。又、元気なコラムを書きます。
[2004.01.24]
新年のご挨拶
● 新年のご挨拶 ●
明けまして おめでとうございます。
今年も建築設計業界は厳しい年になるとは思いますが、これからも結果を余り考えず自分自身に対して正直に、建築主にとっての良い方向を考えながら仕事をしていきたいと思っております。本年もよろしくお願い致します。
昨年は、6kmジョギングを週2回行うなど元気いっぱいのところ、夏に、アメリカで複合化学物質過敏症(パソコン排気に対する過敏症)と言われる 病院で点滴を受けるほどのひどい発作が生じました。電子機器の排気が原因と確信し、ミニタワー型を止め、ノートパソコンをベランダに出し、長いコードでモニター、キーボード等と結ぶ完全分離の使い方を行い、秋の終わりには落ち着いた生活に戻り昨年の暮れから再びジョギングを開始致しました。興味があることもあり化学物質過敏症の勉強もしたいと思っています。
自分にとって「建築」はすでになくてはならないものになりました。これからも、より広い分野の知識を得ながら「建築」という狭い範囲で「建築」を考えるのではなく、もっと広い視点から「建築」を考え、皆様と共に創造していきたいと思っております。今後とも、よろしくお願い致します。
皆々様の健康とご発展を願いつつ・・・。
[2004.01.15]